東京地方裁判所 平成2年(ワ)5282号 判決 1991年6月28日
原告
関英子
外四名
右原告五名法定代理人亡関一統相続財産管理人
関一雄
右原告五名訴訟代理人弁護士
田中紘三
被告
東名開発株式会社
右代表者代表取締役
相場義男
右訴訟代理人弁護士
小村享
同
内藤満
同
内藤平
被告
株式会社メイト
右代表者代表取締役
中島常雄
右訴訟代理人弁護士
鈴木淳二
被告
国
右代表者法務大臣
左藤恵
右指定代理人
開山憲一
外三名
主文
一 原告らの被告国に対する訴えを却下する。
二 原告らの被告東名開発株式会社、同株式会社メイトに対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告東名開発株式会社は、原告関英子に対し金一八三四万六九二三円、同関一雄に対し金五二四万一九七八円、同関卓司に対し金五二四万一九七八円、同関園子に対し金五二四万一九七八円、同中枝光統に対し金二六二万九八九円及びこれらの各原告に対し、各金額に対する平成二年六月二日から各完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社メイトと原告らとの関係において、
原告関英子が別紙供託目録一記載の供託金のうち金一三四五万六四八〇円の、同二記載の供託金のうち金四二〇万五〇一三円の、同三記載の供託金のうち金四二〇万五〇一三円の、
原告関一雄、同関卓司及び同関園子が各自別紙供託目録一記載の供託金のうち金三八四万四七〇八円の、同二記載の供託金のうち金一二〇万一四三二円の、同三記載の供託金のうち金一二〇万一四三二円の、
原告中枝光統が別紙供託目録一記載の供託金のうち金一九二万二三四五円の、同二記載の供託金のうち金六〇万七一六円の、同三記載の供託金のうち金六〇万七一六円の、
各還付請求権を有することを確認する。
3 被告国は、被告株式会社メイトに対し前項の供託金を還付してはならない。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告国の本案前の答弁
原告らの国に対する訴えを却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
2 被告全員の本案の答弁
原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告らは亡関一統(昭和六三年一二月九日死亡)の相続人である。他に相続人はいない。原告らのうち原告関英子はその妻、原告関一雄はその長男、原告関卓司はその二男、原告関園子(昭和四七年七月二四日生)はその長女、原告中枝光統(昭和四八年五月二二日生)はその非嫡の子である。
2 原告らは、亡関一統の相続につき平成元年三月二〇日東京家庭裁判所において、限定承認の申述が受理され、原告らのうち原告関一雄が相続財産管理人に選任された。
3 前項の限定承認の申述受理にともない、原告関一雄は相続財産管理人として、民法第九二七条の規定に基づき官報により平成元年三月二九日から二か月間の届出期間中に債権届出の催告をしたところ、別紙届出債権一覧表記載の債権の届出があった。この元本総額は金四七億四一〇一万二四八三円である。
4 その後、前項の債権届出人のうち芝浦産業株式会社、芝浦シアリング株式会社、芝浦倉庫株式会社は各自債権届出全額(合計金一八億九五万六九八六円)について別紙供託目録記載の供託金を原資とする配当弁済を辞退した。よって、別紙供託目録記載の供託金が民法第九二九条の配当弁済の原資となる場合の債権総額は前項の金四七億四一〇一万二四八三円からこの配当弁済辞退額を差し引いた金二九億四〇〇五万五四九七円となった。
5 前二項による届出債権額を基礎にした被告ら(被告国を除く。)の「債権額の割合」(民法第九二九条所定)はそれぞれ次のとおりである。〔計算式(各被告届出債権額÷総届出債権額)=債権の割合〕
(被告東名開発株式会社(以下「被告東名開発」という。)の債権額の割合)
計算式240,000,000÷
2,940,055,497=0.08163
(被告株式会社メイト(以下「被告メイト」という。)の債権額の割合)
計算式300,000,000÷
2,940,055,497=0.01023
なお、被告メイトの当初の届出債権額は金六〇〇〇万円であったが、同被告は、その後内金六〇〇〇万円を他に譲渡し、同被告の届出債権額は金三〇〇〇万円に減縮されるに至った。
6 別紙供託目録記載の各供託金の還付請求権(合計金二億六五五五万六一六四円)は亡関一統の相続財産を構成するものであるところ、この金額を前項の「債権額の割合」に応じて分割し、民法第九二九条の規定により、各相続債権者に分配するとすれば、被告ら(被告国を除く。)に対する各配当弁済額は次のとおりとなる。
(被告東名開発に対する配当弁済額)
金二一六七万七三四九円
計算式265,556,164×0.08163=
21,677,349
(被告メイトに対する配当弁済額)
金二七一万六六三九円
計算式265,556,164×0.01023=
2,716,639
7 しかし、別紙供託金目録記載の各供託については、各供託者である訴外東京産業信用金庫から民事執行法所定の事情届が提出された結果、執行裁判所である東京地方裁判所は別紙供託目録一記載の供託については東京地方裁判所平成元年(リ)第三四二号事情届に基づく配当手続事件として配当手続の開始があり、同目録二及び三記載の各供託についても東京地方裁判所平成元年(リ)第六四七号事情届に基づく配当手続事件として配当手続の開始があり、これら両事件について、平成元年一一月二〇日配当表の作成がされた。
8 前項の配当表には、被告東名開発が受けるべき配当金として次の金額の記載がある。
別紙供託目録一記載の供託金のうち
金〇円
別紙供託目録二記載の供託金のうち
合計金三一〇二万四九二八円
別紙供託目録三記載の供託金のうち
合計金二七三四万六二六七円
(右合計金五八三七万一一九五円)
9 また、第7項記載の配当表には、被告メイトが受けるべき配当金として次の金額の記載がある。
別紙供託目録一記載の供託金のうち
合計金二八八四万三五八三円
別紙供託目録二記載の供託金のうち
合計金九三五万八二八四円
別紙供託目録三記載の供託金のうち
合計金八二四万八六六二円
(合計金四六四五万五二九円)
10 原告らは、亡関一統の限定承認者であるから、相続財産である第7項の供託金につき、民法第九三六条に基づく管理権を有し、右供託金の管理及びこれを原資とする配当弁済に必要な一切の管理行為をする権限を有する(具体的には、亡関一統相続財産管理人関一雄が原告らのためにこれらの権限を行使する。)。
右の管理行為権限は、民法第九二九条に基づく配当弁済額(債権割合額)を超える債務の弁済拒絶権及びこれを超えてされた弁済の取戻し請求権を含むものと解するのが相当である(もしそうでなければ、民法第九三六条第二項の立法趣旨が生かされず、民法第九三四条第一項の実効性が失われる。)。
ところで、被告ら(被告国を除く。)は、民法第九二九条但書の「優先権を有する債権者」ではない。したがって、原告らは、被告ら(被告国を除く。)が民事執行法の規定に基づき右供託金の還付請求権を行使するとしても、その還付額が前記第6項の限度額を超えるときは、その超過部分については右管理権限に基づき、その還付請求権を原告らにおいて行使させるよう請求する権利を有し、原告らの意思に反してこれを行使したときは、右の超過部分を原告らに返還するよう請求する権利を有する(右被告らが原告らの意思に反して右還付をうけるのは、原告らに対する関係において不法行為に当たる)。
以上の法理の基づき、原告らは平成元年一一月二七日に被告国(供託官)に到達した書面により、右供託金の還付請求権につき債権者代位権を行使する旨通知した。したがって、被告国(供託官)は原告らとの関係において、右還付請求に応ずるべきでない義務を負うに至った。
なお、民事執行手続は、実体的権利の存否を確定するものではないから、限定承認があった場合、相続財産管理人は、民事執行手続の完結後も、一旦債権者の手中に帰した配当の引渡しを請求することができるものと解すべきである。
11 しかるところ、被告東名開発は、平成二年六月一日までに別紙供託目録記載の供託金のうちから、合計金五八三七万一一九五円の還付を受けた。
したがって、原告らは前項の相続財産管理権に基づき、同被告に対する返還請求権として前記第6項による配当弁済額(金二一六七万七三四九円)の超過部分である金三六六九万三八四六円の返還及びこれに対する右還付の翌日(平成二年六月二日)から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を原告らの法定相続分(原告関英子二分の一、同関一雄、同関卓司、同関園子は各一四分の二、同中枝光統は一四分の一)に従い、求めることができるものというべきである。
これによる請求元本額は、原告関英子につき金一八三四万六九二三円、同関一雄につき金五二四万一九七八円、同関卓司につき金五二四万一九七八円、同関園子につき金五二四万一九七八円、同中枝光統につき金二六二万九八九円となる。
12 被告メイトは、第9項の配当表による配当金の支払いとしては、未だ供託金の還付請求権を行使していないが、原告らは、同被告に対する返還請求権の代位行使として、被告国に対し、同還付請求権(金四六四五万五二九円)のうち、前記第6項による配当弁済額(金二七一万六六三九円)の超過分である金四三七三万三八九〇円について、原告らに対し、前記法定相続分の割合による直接の支払いを求めることができるものというべきである。
そして、原告らはこの債権者代位権による還付請求権を別紙供託目録記載の各供託金額に按分して行使する(同目録一、二、三各記載供託金額の按分割合は0.61538、0.19230、0.19230となる)。
これによる請求元本按分額は、算式により、
① 原告関英子については、別紙供託目録一記載の供託金につき金一三四五万六四八〇円、同二記載の供託金につき金四二〇万五〇一三円、同三記載の供託金につき金四二〇万五〇一三円(以上合計金二一八六万六五〇六円)となり、
② 原告関一雄、同関卓司、同関園子については、各自、別紙供託目録一記載の供託金につき金三八四万四七〇八円、同二記載の供託金につき金一二〇万四七〇八円、同三記載の供託金につき金一二〇万四七〇八円(以上各人につき合計金六二四万七五七二円)となり、
③ 原告中枝光統については、別紙供託目録一記載の供託金につき金一九二万二三五四円、同二記載の供託金につき金六〇万七一六円、同三記載の供託金につき金六〇万七一六円(以上合計金三一二万三七八六円)となる。
しかるに、被告国(供託官)は、この債権者代位権の行使を無視して、被告メイトによる還付請求に応じるおそれがある(被告国(供託官)は、被告東名開発に対しても、原告らの債権者代位権の行使を無視し、原告らの債権者代位権に対抗する事由がないのに、還付請求に応じてしまった。)。
二 被告国の本案前の主張
供託者からの取戻請求ないし被供託者からの還付請求に対し、供託物(金銭あるいは有価証券)を払い渡すについては、供託法、供託規則により、行政機関としての供託官に理由の有無を判断する権限が与えられており、供託官の右判断に基づく払渡あるいは却下の行為は行政処分である。原告らが本件訴訟において請求するところは、右払渡という行政処分を事前に差し止めることを求めるものにほかならないから、国を被告とすべきものではなく、本件訴えは被告を誤った不適法な訴えというべきである。仮に本件訴訟が供託官を被告とする趣旨であるとしても、法律に基づいて行政処分を行う権限は行政機関に専属させられているところであり、それを司法機関が事前に差し止めることは三権分立の原則を侵すものであって許されないから、原告らの本件訴えはいずれにしても却下すべきである。
三 請求原因に対する認否
1 被告東名開発
(一) 請求原因1及び2の事実は認める。
(二) 同3ないし6の事実は知らない。
(三) 同7及び8の事実は認める。
(四) 同10は争う。
被告東名開発は、民事執行法の手続に従って、民法第九二七条の申出期間満了後に還付(配当)を受けたものであり、何ら違法な点はない。
(五) 同11の事実のうち、被告東名開発が平成二年六月一日までに合計金五八三七万一一九五円の還付を受けたことは認め、その余は争う。
2 被告メイト
(一) 請求原因1及び2の事実は認める。
(二) 同3の事実のうち原告主張にかかる債権の届出があったことは知らないが、その余は認める。
(三) 同4の事実は知らない。
(四) 同5の事実は認める。但し、被告メイトが取り下げた届出債権額は金三〇〇〇万円である。
(五) 同6は争う。
(六) 同7及び9の事実は認める。
(七) 同10は争う。
この点についての主張は、被告東名開発に同じ。
(八) 同12は争う。被告メイトは、供託金の還付請求権を行使済みである。
3 被告国
(一) 請求原因1ないし9の事実は知らない。
(二) 同10及び12は争う。
第三 証拠<省略>
理由
第一被告国の本案前の抗弁について
一原告らの主張によれば、本件訴えは、供託金払渡しの第一次的判断権(行政処分権限)を有する供託官を被告とすべきであるから、被告を国とする本件訴えは被告適格を誤ったものとして却下すべきである。
二仮に、原告らが東京法務局供託官を被告する趣旨であるとしても、本件訴えは、原告らが、供託官に対し、原告らの被告メイトに対する請求原因第10項の権利を保全するため、被告メイトに対する供託金の還付の差止めを求めるものである。
このように、行政庁に対し、一定の不作為を求める給付訴訟は、法律上第一次的判断権を有する行政機関の判断権を裁判所が代わって行使する結果となるから、三権分立の原則に反し、原則的には許されないというべきである。ただ、行政庁が将来行うこと明白確実な処分について、行政庁の第一次的判断権を侵害せず、当該差止めを認めないと、回復しがたい損害が生じる恐れがあり、かつ、その損害につき、他に適切な救済方法もないときは、かかる訴訟も認められると解する余地がある。
これを本件についてみるに、右判断権の侵害の点はともかく、供託金の還付請求権は金銭債権であり、その還付の差止めを認めないと原告らに回復しがたい損害が生じるとか、他に適切な救済方法がないということは到底できない。
したがって、本件訴えはいずれにせよ不適法として却下すべきである。
第二本案については
一<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
1 原告らは亡関一統(昭和六三年一二月九日死亡)の相続人である。他に相続人はいない。原告らのうち原告関英子はその妻、原告関一雄はその長男、原告関卓司はその二男、原告関園子(昭和四七年七月二四日生)はその長女、原告中枝光統(昭和四八年五月二二日生)はその非嫡の子である。
2 原告らは、亡関一統の相続につき平成元年三月二〇日東京家庭裁判所において、限定承認の申述が受理され、原告らのうち原告関一雄が相続財産管理人に選任された。
3 前項の限定承認の申述受理にともない、原告関一雄は相続財産管理人として、民法第九二七条の規定に基づき官報により平成元年三月二九日から二か月間の届出期間中に債権届出の催告をしたところ、別紙届出債権一覧表記載の債権の届出があった。右元本総額は四七億四一〇一万二四八三円であった。
4 その後、前項の債権届出人のうち芝浦産業株式会社、芝浦シアリング株式会社、芝浦倉庫株式会社は各自債権届出全額(合計金一八億九五万六九八六円)について別紙供託目録記載の供託金を原資とする配当弁済を辞退した。
二当事者間に争いがない請求原因7ないし9の事実及び弁論の全趣旨によれば、被告ら(被告国を除く。)は、債務名義を有する亡関一統の債権者として民事執行手続において適式な債権届出、配当要求をした上、既に配当手続に従って、原告ら主張の供託金の還付を受けたことが認められる。
三そこで、別紙供託目録記載の供託金の還付請求権が亡関一統の相続財産を構成するかどうかは、さておき、原告らの主張の当否について判断する。
本件のように民事執行法による強制執行手続が進行中に、債務者の相続人から限定承認がされた場合、民事執行手続と民法第九二七条以下に定める配当弁済手続がいかなる関係に立つかを直接定めた規定はない。ところで、民法第九二八条に規定する限定承認者の弁済拒絶権に関しては、相続債権者がその債権について確定判決その他の債務名義を有する場合には、相続財産に対し強制執行手続を開始できるが、相続人が限定承認をし、しかも、民法第九二七条の申出期間中であることを証明する文書を提出したときは、執行機関は、右申出期間満了に至るまでは執行手続を停止しなければならないが、右期間を経過した後は、限定承認者から請求異議訴訟等の提起に伴う執行手続の停止がない限り、強制執行手続を続行してさしつかえがないと解されている。すなわち、右の場合、限定承認者が限定承認による清算手続を実行するためには、民事執行手続の中で、その旨を主張して請求異議の訴え等を提起し、先行事件の執行停止の手続をとり、その間に、民法第九二九条の定めに従い、相続財産と相続債務との割合に応じて減額された配当額を定め、これを請求異議等の訴訟に反映させるべきである。そうでなくて、先行事件による手続が行われる場合には、債務名義を有する一般債権者に対する配当が許されることになる。この結果は、民法第九二九条以下の規定に反することとなるが、これは、法が両者の手続の調整を図っていないことなどからみて、やむを得ないことと解される。したがって、この場合、限定承認者が民法の規定に従って弁済した場合を前提とする民法第九三四条を適用する余地はない。
そして、この法理は、民事執行手続が終了した後、右執行停止の手続をとらなかった限定承認者が、債務名義を有し、右手続に従って配当を受けた一般債権者に対し、限定承認を理由に、配当額の返還を請求することは許されないと解すべきである。
したがって、原告らの被告ら(被告国を除く。)に対する本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
四よって原告らの被告国に対する訴えを却下し、その余の被告らに対する請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官浅野正樹)
別紙供託目録、届出債権一覧表<省略>